松島に1泊、翌朝ゆっくりチェックアウトして久しぶりに瑞巌寺に行ってみることにしました。
何年ぶりでしょうね・・・
ちゃんと中を拝観したのは、小学校の修学旅行以来。
当時は秋田に住んでおりましたので、仙台に来たんですよ。
まさか、その後に仙台に引っ越すことになるとは思いませんでした。
やはり、地元になってしまうと
そうそう松島には行かないんです、混むから。
来客があった時くらいかな・・・
瑞巌寺も外から見るだけでした。
今回、一番驚いたのは
境内がすっかり明るくなっていたこと。
ちょっと面喰っちゃいましたね・・・
3・11地震の津波で、杉の大木が塩害で枯れてしまったようなのです。
松島は沖にある小さな島々のお陰で、津波の被害は少なかったと聞いていましたが
それでも、向かって左側は大木がほとんど残っていませんでした。
右側だって、昔はこんなもんじゃありません。
鬱蒼として参道は暗くて、それがまた神聖な感じを醸し出していたんですけどね。
明るい公園になってしまいました・・・・
奥が本堂なのですが
それに向かって、右側には修行僧が寝起きしたと言いわれる洞窟が並んでいます。
天然の岩窟(以前はこの辺りも島だったのでしょう。松島の島々と同じ岩です)
この中には供養塔や仏像、法名を彫った跡が見られます。
修行僧がなくなられた方を供養していたのでしょう。
という説明も、実は小6の修学旅行でお寺の方の案内で聞いた話です。
ですから、ちょっと違っていたらすみません

よっぽど印象深かったのだと思いますね笑
山門をくぐってすぐ右に曲がる道を進みます。
正面にある鰻塚。
以前はこの道を歩いて行けたのですが
倒壊が危ぶまれるためか、通行禁止になっていて
側道ができており、そこを通行するようになっていました。
きれいに整備されていましたが、ちょっと洞窟が遠くなってしまいました。
以前は目の前で見ることができたんですけどね。
私にとっての瑞巌寺とは、本堂よりもこの洞窟群の厳かな雰囲気の方が印象深く
魅力だと思っています。
この側道も本堂の手前で、参道と合流します。
本堂も、2009年9月から続いた約7年間の工事を終えて、拝観を再開したようなので
今回は中に入ってみることにしました。
この正面の門は勅使門なので、もちろんここからは入ることはできませんが
入場した後で、この本堂の前に行けたのですが
今回は入場禁止。
この本堂は江戸時代に伊達政宗が建立したもので、屋根のかわらがとても見事なんです。
まぁ、今京都に住んでいると、こういう歴史的建物はそこここにあるのですが
当時の私は、この瓦屋根に感動して
修学旅行から帰ってから思い出に残ったものの絵を描かされた時に、この本堂の瓦を1枚1枚丁寧に描いたのを覚えています。
そんなことを思い出しましたね・・・・
いかにも禅宗の建物。
平安時代創建当時は天台宗だったようですが、時代の変遷を経て
現在は臨済宗妙心寺派。
中は写真撮影は禁止。
襖絵が修復されて、下地の金色がピッカピカ
で絢爛豪華になっておりました~♪
で絢爛豪華になっておりました~♪なかでも「室中孔雀の間」は、松に孔雀が描かれたきらびやかな襖絵に圧倒されます。
(仙台藩お抱え絵師 狩野左京作)
まぁ、こういのうも二条城の修復後を見ているので、それほど驚きはしませんでしたが
当時、このみちのく仙台にも同じような文化が育まれていたのだと、
今大人になって改めて伊達政宗公の力を感じました。
一ヶ所だけ許されたのが、御成玄関外部に施された左甚五郎作と伝わる「葡萄に木鼠」
島崎藤村がこの彫刻に感動して、詩を作り若菜集に載せたので
またまた有名になったようです。
これは、初めて見ました。
というか、見た記憶がない・・・笑
お手洗いに入ってみると・・・・
こんな風に活かされていてよかったです。
でも、きっと伐採された杉の木はこんなのでは収まらないほどの量だったと思います。
新しく植えられた苗木もこれで10年?
あの鬱蒼とした杉林になるには、どれくらいの時間がかかるのでしょう。
仙台に訪れた時は、ぜひまた瑞巌寺に足を運び
この杉たちの行く末を見て行きたいと思いました。
時間掛かるだろうな・・・杉だもん。
4連休とGo toトラベルの影響もあってか
松島は往時のにぎわいを取り戻しておりました。
お土産屋さんもちょっとおしゃれになって、カフェなんかもできて
すっかり垢ぬけた感じに変わっていました。
どうぞ、コロナの感染者がこれで増えませんように。
そう思いながら、久々のふるさとを満喫して帰って参りました。
この記事へのコメント
りー
久々の里帰りは、妹さんと二人の女子旅で楽しかったようですね。
この洞窟群は初めて知りましたが、不思議な雰囲気がありますね。
お写真にはほとんど人がうつっていないので、4連休の人出を感じませんよ。
コロナの感染者数の推移が気になりますね。
biore-mama
姉妹二人きりで旅行とかしたことがなかったので
うれし恥ずかし・・・みたいな笑
久しぶりにゆっくりおしゃべりできたし、いい時間でした。
ここ瑞巌寺はそうでもなかったですけど
松島の表通りは、狭いこともあり
人がごった返していました。
どうか、この連休で感染者が増えないといいなぁと
自分も含めて、ドキドキです
月奏曲
鬱蒼として幽玄なイメージもってましたがすっかり明るくフレンドリーでかな~りびっくりw
倒壊しそうな雰囲気とか危険な香りも風情なのですが昨今の事情できちんと整備して散策道作っちゃうからなんかイメージ軽くなっちゃうんですよねぇ…
逆に危機感なくなって危ないと思うからある程度は危険でもそのまま保存がいいと思うのですがきっとその考え方は異端なんでしょうね…
せきあ
石山寺を思い起こしましたがその何倍もの大きさなんでしょうね
お寺も厳かな造りで良いですね
杉の大木が並ぶ参道も醍醐寺のように開放感あふれ過ぎとなってしまったようですが、明るくこれはこれで良いと思います
biore-mama
瑞巌寺、いらしたことありますか?
そう、鬱蒼としてましたよね。あの暗い感じもよかったんだけど。
今は、明るくて沿道に紫陽花なども植えてあるし
まるで公園みたいでした。
ちょっと重みにかけるけど、これも変遷の一つになっていくのでしょうね。
側道の遊歩道も、ちょっと情緒にかける。
危ないということが一番でしょうけど
やっぱり責任問題の方が面倒くさいんでしょうね。
って、穿った見方をしてしまいます、私も^_^;
biore-mama
この洞窟群、似たようなものは関西にもたくさんありますし
今見たら、それほど驚かなかったかもしれませんが
小学生ながらにも、なぜこんなところで雨風を凌ぎながら
修行をしなければならなかったのか?と思ったんですよね。
でも、その時はやらされてると思い込んでいましたが、修行僧は自ら望んで修行を行っていたのだと今ならわかります。
そういう思いがこもった洞窟は、
きらびやかな襖絵の本堂とは全く違って厳しさを感じさせるものでした。
醍醐も随分、木が倒されましたよね。
自然の猛威の前には、人間も宗教も無力だと思いました。